第30代アメリカ合衆国大統領



ジョン・カルヴィン・クーリッジ
John Calvin Coolidge Jr. 共和党
就任期間  1923年8月3日〜1929年3月3日

生没 1872年7月4日〜1933年1月5日(60歳)

第29代副大統領。
バーモント州ウィンザー郡プリマスで生まれ、マサチューセッツ州のアムハースト大学を1895年に卒業、ノーザンプトンで弁護士となり、1899年に市議会議員になった。1900年から1902年まで市事務弁護士、1904年に法廷事務官、1907年から1908年まで下院議員を務めた。
クーリッジは1910年と1911年ノーザンプトンの市長に選ばれた。1912年から1915年まで上院議員、1914年と1915年に議長を務め、 1916年から1918年まで州副知事および1919年から1920年まで州知事を務めた。ボストン警察がストライキを行った時、彼は国民全体的に知られていた。彼は「誰にも、どこに於いても、ついかなるときも公の安全に対するストライキの権利はない。」と言った。副大統領として1921年3月4日から 1923年8月3日まで在職し、ハーディング大統領の死に際して1923年8月3日に大統領に昇任した。彼が大統領の死の知らせを得た時、家には電気も電話もなかった。彼の父親は公証人として、家の応接室で灯油ランプの元で就任宣誓を処理した。彼の就任式はラジオで放送された最初の大統領就任式だった。 1924年2月12日に、彼はラジオで政治演説を行った初の大統領になった。また、2月22日にホワイトハウスからそのようなスピーチを行った初の大統領になった。
ハーディングの副大統領を務めていたが、大統領の急死により大統領に昇格。就任後ハーディング政権の不正が次々と明るみに出たが、事件の真相解明を推し進め、清廉潔白さをアピールした。何もしなかった大統領とも評される。