第27代アメリカ合衆国大統領



ウィリアム・ハワード・タフト
William Howard Taft 共和党
就任期間  1909年3月4日〜1913年3月3日

生没 1857年09月15日〜1930年3月8日(72歳)

第10代連邦最高裁判所長官。
彼は1857年9月15日にオハイオ州シンシナティ市で生まれた。タフトの父親は著名な共和党員で、ユリシーズ・S・グラント大統領の元での陸軍省長官を務めた。タフトは1880年に法曹界に入った直後にオハイオ州で政治経歴を始めた。
1900年にウィリアム・マッキンレー大統領が、米西戦争の結果譲渡されたフィリピンの文民政府組織委員会の長にタフトを指名した。1901年から 1904年までタフトは、フィリピンの初代知事を成功裡に務めた。1904年には、セオドア・ルーズベルト大統領がタフトを陸軍省長官に指名した。
セオドア・ルーズベルトは大統領職を二期務めた後に、1908年の大統領選出馬を拒絶した。代わりに、彼は次の共和党大統領候補としてタフトを指名した。ルーズベルトの支援でタフトは民主党候補ウィリアム・ジェニングス・ブライアンを破った。タフトは大統領職を通じて、共和党のリベラル派(その多くはルーズベルト前大統領の政策に従い続けた)からの異議と争った。
タフト家の三世代は政界入りした。息子ロバート・A・タフトは1938年に上院議員に選任された。彼はニューディール政策の批評家で1939年から1953年まで上院の共和党リーダーだった。孫のロバート・タフトジュニアは1971年から1977年までオハイオ州の上院議員を務めた。曾孫のボブ・タフトは現在のオハイオ州知事。
ポトマック川河畔の桜は、大統領在職中に東京市長尾崎行雄から贈られたものである。
「ホワイトハウスは世界で最も孤独な場所」という言葉を残した。